人の嫉妬は怖い、拡散型SNSはもっと怖い

この記事の所要時間: 346

人の嫉妬は怖いし、それをどんどん増幅していく拡散型SNSはもっと怖いと思う。嫉妬や拡散型SNSのシステムから少しでも自由になるために必要なことについて考えてみた。

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人の嫉妬は怖い

人の感情というのは怖いもので、特に嫉妬というのは怖いものだと思っている。

人というのは皆がその人なりの苦しみを抱えているし、おそらく大きな苦しみを抱えた人ほど、隣の芝生が青く見えてしまいやすい。

誰かの一瞬のいち側面が、自分の人生全体よりも徹底的に幸せに見えて、不遇感に歯噛みしたり、怒りや苛立ちを覚えたりしてしまう。少なくとも私にはそういうところがある。

人は共通の属性を持つ相手に嫉妬を覚えやすい

哲学者の西研さんによれば、「嫉妬というのは可能性のないところには流れない」そうだ。到底手の届かない対象には嫉妬心は覚えない。ただし、共通の属性が多くて、ちょっと状況が違っていれば手が届いたかもしれない対象には嫉妬が起動する。

つまり30代の発達障害者である私の場合、すごいビルをズンズン建てるドバイの70歳の石油王には嫉妬しない。純粋にすごいなー別世界だなーと思うだけだ。

けれどたとえば、講演だなんだと活躍している(ように私からは見える)30代の発達障害者には恥ずかしながらメラメラと嫉妬の炎を燃やしてしまう。「私にもこの人のような環境/能力さえあれば…!」とか。そういったときには、「相手の人生のさまざまな側面をつぶさに見た場合には私とはまた違う苦労や苦しみがあるかもしれない」「結局は相手も同じように苦しみながら生きる仲間のひとりかもしれない」というところには考えが及ばない。

一部の能力が突出している発達障害児の母親の記事に発達障害の関係者とおぼしき人から批判コメントがついた件も、「嫉妬に関係した理由のみに関して言えば」、こういう仕組みで起きたのだろうと思う。私(の子ども・家族・知人)にもこの子のような才能さえあれば…! と。

※嫉妬以外の理由としては「発達障害=天才!」という世間の偏見を助長しかねないからやめてほしい、というものが考えられるが、当該の母親の普段の投稿を遡れば、子どもの弱点のままならなさについて切々と書いていることがわかる。それに、仮にそうでなかったとしたって、他者が誰かの発信をコントロールすることなど不可能だし、本来、はっきりと公序良俗に反するのではない限り、コントロールなどすべきでないと思う

拡散型SNSはもっと怖い

嫉妬自体は人間として生きる以上、ある程度仕方のないことだし、そういった感情をなきものにしようとすることはむしろ間違っていると思う。

ただし、拡散型SNSでは、少しこういった感情の扱いには注意する必要がある気がする。

膨大な情報が人の心を壊し社会を分断する

拡散型SNSの怖さというのは、そういった「人の感情を刺激する情報」が一瞬のうちに多くの人の目に届いてしまい、それへの反応も倍々の勢いで拡散していくということだ。

特にTwitterでは、情報がどんどん断片化されていき、もとの情報の「別の側面」に目が届きにくくなる。情報は断片化するほどグレーのない白と黒に分断されていく。その極端に振れた白と黒がさらに刺激的な情報となって人々を嫉妬や怒りに駆り立て、分断していく。

拡散型SNSの世界で何かが自分の視界に入るたびに反応していたら、おそらく人の心は壊れてしまう。人の精神はたぶん、これほど多くの感情刺激を処理できるようにできていないからだ。ネットの発達は人間の進化的歴史の中であまりに突然かつ急速だった。

嫉妬や拡散型SNSにやられてしまわないために

私は、自分自身の心を守るために、また社会をできるだけ優しいものにしておくために、拡散型SNSに感情を焚きつけられるままにならないようにしたい。そのためにはこのシステムに埋没してしまうのではなくて、ときどき視点を外側に移動してそこから望遠や俯瞰で見るような考えの転換が必要だと思う。

流れてきた情報にカッとくることがあったら、できるだけ瞬間的な反応をしないように心がけたいと思っている。なかなか徹底できなくて困っているけれど…

できる人から、できるだけ、でいい。社会は人間でできているから、ひとりひとりの人が少しずつ、嫉妬や拡散型SNSのありかたをときどき外側から見て、そこから少しでも自由になっていけたら、と思う。

Digiprove sealCopyright secured by Digiprove © 2017 Yoshiko Soraki
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