ここ数年、日本の一部で「リーキー・ガット症候群(腸管壁浸漏症候群、LGS)」なる病気が注目を集めている。自閉症やADHDなどの発達障害を含む非常に多くの症状や病気の原因となるとされる病気だ。リーキー・ガット症候群とは? その定義や原因、症状などについて検証したい。
Contents
「リーキー・ガット症候群」とは
Leaky Gut Syndrome 。略称でLGSとも。日本語で「腸管壁浸漏症候群」。leaky=漏出傾向のある、gut=腸。
さまざまな原因で腸壁が傷つくことにより、腸から未消化の食物の粒子が体内に漏れ出て、非常にさまざまな症状や病気を引き起こす、とされている仮想の(仮説上の)「疾患」。2016年5月現在、主流派科学界では「科学的根拠がほぼない」とされている。
この「疾患」の提唱側が「リーキー・ガット症候群」によって起こると主張している症状や病気は、非常に多岐にわたっている。彼らは、アレルギーや各種の過敏症、自己免疫疾患といった免疫系の症状から、栄養不良、生活習慣病、胃腸症状、皮膚症状、頭痛、各種の精神疾患、自閉症やADHDなどの発達障害までも引き起こすとしている。
リーキー・ガット症候群の原因とされる要素
以下、10個近くの関連サイトから拾った、提唱者側によって「リーキー・ガット症候群」の原因とされる要素を羅列したい。
リーキー・ガット症候群が引き起こすとされる症状・病気
症状・疾患についても同じように羅列したい。以下の中には、実在の症状・病気もあれば、現在のところ仮想の疾患とされているものもある。
「リーキー・ガット症候群」の対策・治療とされている方法
まずはいちばん上にヒットしたサイトからまとめて紹介。
LGSを改善するためにのポイント1、胃酸の分泌を補う2、精製漂白された白米、小麦、砂糖を避け、玄米、オリゴ糖などに変える3、大豆加工食品(醤油・納豆)は毎日食べない4、イースト菌を使用した食材はほどほどにする5、必須脂肪酸オメガー3(フラックス)を積極的に摂る6、乳製品は避ける7、乳酸菌(Lactobacillus菌など)を積極的に摂る(但しヨーグルトは避ける)
リーキー・ガット症候群についての英語版Wikipediaでの記述(翻訳:宇樹)
◆リーキー・ガット症候群とはリーキー・ガット症候群は、一部の代替医療従事者が、非常にさまざまな深刻な慢性病(糖尿病、狼瘡、多発性硬化症を含む)の原因であると主張している仮想(仮説上)の疾患で、医学的には信ぴょう性を認められていない。 提唱者たちは、不健康な食事、寄生虫、感染症、薬物治療によって腸壁や腸内が傷つき、毒素や病原菌、未消化の食物その他の物質が漏れ出るようになると主張している。 仮説によれば、この「漏出」によって刺激された身体では免疫反応が起こり、次々に上記のような慢性病を引き起こすに至るとのことである。
「リーキー・ガット」仮説は漠然としており、大部分が証明されていないため、科学者たちは「リーキー・ガット症候群」がまったく存在しない疾患であるかどうかについて討論を続けている。「漏出傾向のある」腸を原因としてなんらかの慢性病が引き起こされる、ということについては確かな科学的根拠がなにひとつ存在しない。提唱者たちが効果があると主張している、「漏出傾向のある」腸への治療手段として販売されているレメディーのすべてについても同じである。
◆概念の基礎と背景
腸透過傾向の一部は主流派科学からその信ぴょう性を認められており、普通に起こる症候である。いっぽう、「リーキー・ガット症候群」が存在するという主張は大半が一部の栄養学者(栄養士ではない)や代替医療の療法家によってなされている。こうした支持者たちは、未消化食物の粒子が「漏出傾向のある」腸を通りぬけ、体内に入り、偏頭痛から自閉症まで非常に多くの症候を引き起こすと主張している。2013年現在この仮説は、National Health Service Englandによれば科学的根拠はほとんどない。
セス・カリッチマンは、「ニセ科学の研究者の一部が、漏出傾向のある腸をタンパク質が通り抜けることが自閉症の原因だと主張している」と書いている。しかしながら、これを「治療」するために作られたレメディーの有効性についてのある評価では、これらが有効ではないとの結果が出ている。2013年のある調査では、「漏出傾向のある腸と自閉症との関連の話題は議論を巻き起こし、この議論は科学界において続いている」と書いている。
◆診断と治療
リーキー・ガット症候群は、医学的に信ぴょう性が認められた診断ではなく、これに関して主張されている症候は一般的なもので、医学的に認められた検査は存在しない。National Health Serice Enlgandによれば、この理論の科学的根拠はほとんど存在しない。また、「リーキー・ガット症候群」のための「治療法」と言われているもの(栄養サプリメントやグルテンフリーの食事など)には、改善すべきと主張されている症候の大半について、何らかの効果があるという科学的根拠がまったく存在しない。
Quackwatchでは、リーキー・ガット症候群を「ファッド診断」としている。ステファン・バレットは「この提唱者たちはこうした噂されている症候を、食事、ハーブ調剤、栄養サプリメントを含む多くの代替医療の宣伝の機会として利用している」と書いている。
懐疑論者や主流派科学の研究者たちは、リーキー・ガット症候群のための治療法のほとんどの販売・宣伝方法は、よく言えば誤った方向に導かれたものであり、悪く言えば意図的な健康詐欺の一例である、という意見におおかた賛成している。
仮説上の疾患「リーキーガット症候群」の Wikipedia英語版における位置づけ - Togetterまとめ http://togetter.com/li/975501
dicegeist先生による関連論文の検証
療育の専門家であるdicegeist先生が、日本国内の関連論文について調べてくださっていたので、該当ツイートを引用する。
「リーキーガット」「腸管浸漏症候群」「腸管壁浸漏症候群」などキーワードを変えてみても論文が出てこない。
leaky gut syndromeが様々な病気の原因になっている、というのは、一見「科学的」なネーミングをしているようで、特に科学的に検証されているものではない、と思います。— dicegeist (@dicegeist) May 15, 2016
念のため、Googleで「リーキーガット」や「leaky gut syndrome」に「site:ac.jp」をつけて、国内の大学のウェブサイトを検索して見るも、研究らしいのは島根大医学部薬理学講座のこれ。あくまでも、腸の話?https://t.co/j8ezAD1lEq
— dicegeist (@dicegeist) May 15, 2016
腸の範囲に限っては「漏洩傾向」の話は実在しているようだが、これが全身のかかわるさまざまな病気を引き起こす「リーキー・ガット症候群」とされて日本国内の大学などで科学的に検証されているかというと、現在のところNOである、というところのよう。
関連:サイト「Quackwatch(ニセ医学観察)」における「『ファッド』診断の指標」の項(翻訳:宇樹)
Quackwatchは、アメリカの医学博士ステファン・バレットが運営するニセ医学についての啓蒙サイトだ。
英語版Wikipediaによれば、バレットは引退した精神科医、著述者、NCAHF(アメリカのNPO法人で、健康に関する詐欺に反対する協議会)の共同設立者であり、消費者保護、医療倫理、科学的懐疑論に重点的に取り組んでいる。彼の運営するサイト「Quackwatch」は広く認識されており、多くの受賞歴がある。いっぽうでこのような批判サイトらしきものも存在する(「プロの気狂い人」などの記述がみられる。背景は不明)。
バレットは、世の中に存在するニセ医学的な「診断名」「病気」のことを「ファッド診断(ファッド病)」と名づけ、項を立てて説明している。このファッド診断の中に「リーキー・ガット症候群」も含まれている。関連性があり、ニセ医学の手法について参考になる情報が多いので、以下に該当項を翻訳して載せておく。太字は宇樹。
<<「ファッド」診断の指標
ステファン・バレット医学博士>>◆「ファッド」診断とは何か?
アメリカ・ヘリテッジ英語辞典では、「ファッド(fad)」を、「短い期間に非常に強い熱狂を伴って行われるもの、熱狂」と定義している。「ファッド」に分類されうる少なくとも25の診断的呼称が、過去50年間の間流行しつづけてきた。このうちいくつかは実際の疾患(ただし患者が罹患してはいないもの)に言及しているが、残りは科学界から信ぴょう性を認められていない。
一部の非科学的療法家は、これらの診断のうち1つ以上を、自身の出会うほぼ全ての患者に当てはめている。多くの事例において、彼らは患者を「診断」するために標準的でない臨床試験を用い、治療のために「栄養サプリメント」や「解毒」をすすめる。少数の事例においては、こうした「診断」は栄養サプリメントや器具の販売者によってでっちあげられてきた。
◆科学的に明らかにされていない・信ぴょう性を認められていない もの
下記の噂されている症候は、疑いの余地のない歴史・身体所見・臨床試験と関連づけられている糖尿病、関節リウマチ、冠動脈心疾患などといった疾患とは大きく異なっている。下記では、症状の範囲は事実上きりがないほど広く、通常は身体所見や科学に基づいた臨床試験とは関連がない。
アマルガム中毒(水銀病とも)
カンジダ過敏症(酵母菌アレルギー)
空洞骨(神経痛惹起空洞骨:NICO とも)
電気過敏症(電磁気過敏症とも)
酵素欠乏(全身性の)
湾岸戦争症候群
リーキー・ガット症候群
男性更年期障害
水銀流出障害
モルジェロンズ病
多種化学物質過敏症
報酬欠乏症候群(RDS)
ピロルリア
シックハウス症候群
脊椎亜脱臼複合体
ウィルソン症候群◆科学的に信ぴょう性が認められているが不適切に診断されているもの
下記の症候は病気として認められているが、存在してもいない場合に存在していると主張されている(※)ものである。一部は一般的だが、ほかは珍しい病気だ。ほとんどは臨床試験を使えば適切に診断されうる。しかし一部の医師は、彼らの診断の基準を不適切な試験に基づかせているか、または試験を行なっていない。
※宇樹注:患者はその病気なわけではないのに、一部の医師が「この患者はその病気だ」と主張している の意と思われる
副腎機能不全(ときに副腎疲弊と呼ばれる)
慢性疲労症候群
食物アレルギー、食物過敏
成長ホルモン欠乏症
重金属中毒
低血糖症
甲状腺機能低下症(橋本病)
ライム病
寄生虫
ポルフィリン症
心的外傷後ストレス障害
有毒カビ◆商品販売者によってでっちあげられている非実在症候
磁気欠乏症
酸素欠乏症◆疑わしい心理学的呼称
愛着障害
インディゴチャイルド
自然体験不足障害
感覚統合障害◆新しい「ファッド」病のつくりかた
・なんでもいいから症状を選ぼう。一般的なものであるほどいい。
・なんでもいいから病気を選ぼう。実在のものでも、発明したものでもいい。
(実在の病気ならより混乱を招くことができる可能性がある。なぜならその存在は否定されえないからだ)・その病気にたくさんの症状を関連づけよう。
・「未診断のたくさんの人がこの病気で苦しんでいる」と言おう。
・いくつかの治療法を選ぼう。サプリメントを選択肢に入れれば、健康食品店やカイロプラクターが活動に関われるようになるだろう。
・君の理論を本やトーク番組で宣伝しよう。
・ほかのファッド病と張り合わないこと。「この病気によって人々がほかの病気にかかりやすくなるし、その逆もまた然りだ」と言おう。
・医学界、製薬会社、化学工業界が君と敵対していると主張しよう。
・医療の専門家たちが君と戦うことを恐れており、自分たちのシマを守ろうとしていると主張しよう。
・君の主張の根拠を証明しろと言われたら、「病気に苦しむ人々をよくするために忙しすぎて研究のための資金が不足している」「臨床結果がおのずと語ってくれている」と言おう。
「新しいファッド病のつくりかた」の部分の記述は非常に的確で、ニセ医学への痛烈な風刺になっていると感じる。
不安になっても少しだけ立ち止まって
自分の子どもなどが発達障害と診断を受けたり、あるいはその疑いがあると言われたときには、当然誰だって不安になるだろう。それの原因が「リーキー・ガット症候群」なる、何やら仰々しい横文字の病気だという情報を見つけたら、ついそれを信じてしまい、「ではこれを治せばうちの子の発達障害が治るかもしれない」と思いつめていろいろな代替療法に手を出していってしまう気持ちも想像できる。
しかし、主流派科学では現在のところ残念ながら、「発達障害は治らない」と結論されている。また、発達障害は育て方や食事の問題で生後に発症するものではなく、生まれつきの障害であることも明言されている。
あなたのお子さんが発達障害であるのは、あなたの育て方のせいではない。あなたの責任ではない。あなたは悪くない。そして、あなたがこれからできることは良くも悪くも、お子さんの発達障害が「一生治らない」前提で、「いかにして特性や症状とつきあっていくか」「いかにして二次障害を防ぐか」といったことを考えることなのだ。
以下に過去の拙著を紹介する。
こちらの記事では、ニセ医学の特徴とその対応方法をわかりやすくまとめている。(Cotiradは宇樹の別のペンネーム)
危険な「ニセ医学」にだまされないで! 覚えておこう、家族から幸せと健康を奪う「ニセ医学」の4つの特徴 mamanoko(ままのこ) https://mamanoko.jp/articles/10936
こちらの記事では、発達障害についてと、子どもが発達障害の診断を受けたあとにすべきことをまとめている。
https://decinormal.com/2016/02/18/diagnosed_parent/
あなたとお子さんが安全な世界で生きられるように願っている。
誤訳など何か問題点があれば @decinormal1 まで。宇樹は医療専門の翻訳者ではないが、今回は多少のアラがあっても関連知識の周知に貢献できるほうが大事と考えて翻訳に踏み切った。医学上怪しい訳があった場合はできるだけお目こぼしいただきたい。